この照らす日月の下は……

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 あの女性士官が追いかけてくる。カガリがそれに気付いたときだ。
「いいの? あれをザフトに持って行かれはまずいんじゃないの?」
 不意に振り向いたフレイが怒鳴るように告げた。その言葉に女性士官ははっとしたような表情を作る。
「俺たちはどちらに保護されてもかまわない。むしろ、キラのことを考えればあちらの方がいいかもな」
 けがの治療の件もある、と付け加えれば彼女は動きを止めた。
「こいつのけがはアンタのせいだ。それがわかっているなら、これ以上私たちを束縛するな」
 一刻でも早くキラを安全に治療できる場所に行きたいだけだ。カガリは相手から視線をそらすことなくそう告げる。
「私たちはお前達のおもちゃに興味はない」
 事実かも知れないが、そこまではっきりと言っていいのか。そう突っ込む人間はこの場にはいない。
「万が一地球軍に拾われても、その時はそれなりに圧力をかけるだけよね」
「あぁ、フレイがいるからな」
「任せておいて。アタシの大事な友人を傷付けてくれるような赤はパパに言いつけるもの。でも、その前にオーブ五氏族の中の二つから抗議されるんでしょう? 無事で済むの?」
「どうだろう。降格ぐらいはあり得るんじゃないかな?」
 さすがはキラが選んだ友人達だ。何の打ち合わせもしていないのにこちらが望む言葉を口にしてくれる。その中には地球連合──ブルーコスモスの教育を受けた経験がある者もいるのに、だ。
 つまり、人は自分の感情によって自分を変えることが出来る。逆を言えば自分の感情で自分自身を縛り付けてしまえると言うことだ。
 目の前の女性士官がその一例だろう。そして、思い出すのも忌々しい少年もだ。
「そう言う事だ。これ以上邪魔をするならこちらも考えがある。自衛のための攻撃までは禁止されていないからな」
 カナードは怒りを隠すことなく言葉を綴る。
「既にキラを傷付けられているんだ。命を取らないまでも動けなくなる程度のけがは覚悟してもらうことになる」
 どうする、と言えば彼女は唇をかんだ。だが、何も行動を起こそうとはしない。
「行こう」
 これ以上追いすがってくるなら有言実行するだけだ。そう判断をしてカナードは歩き出す。カガリ達もその後をついてくる。あの女性士官だけはそこにたたずんでいた。

「……そうですか」
 父からその話を聞いた瞬間、ラクスは思いきり顔をしかめる。
「キラが無事ならばよろしいのですが」
 そしてこう付け加えた。
「すまない、ラクス。残念だが、そこまではわかりかねた」
 シーゲルはこう言ってくる。
「お前の大切な友人だから、少しでも情報を集めたかったのだが」
「いえ、お父様。十分ですわ」
 言葉とともにラクスは微笑んで見せた。
「キラが一人ではないのですもの。心強いお友達もいらっしゃるそうですから、きっと大丈夫ですわ」
 そしてこう告げる。
「それに……近いうちにわたくしもオーブを訪ねるのですから、その時に調べることは可能でしょう」
 ユニウスセブンの追悼式の後にオーブへの使節として直接向かうことになっていた。
 キラのおかげでサハクの双子とも顔を合わせたことがある。
 あの二人ならば式典で顔を合わせることがあるだろう。その場で問いかけることも可能ではないか。
「……この状況だから本当は中止するか延期した方がいいのだろうが……私の立場ではそうも言えんな」
 最高評議会議長となった以上、自分の家族よりもプラントのことを優先しなければならない。シーゲルは言外にそう告げる。
「わかっています。それに、クルーの皆様は全員、ベテランの刀のでしょう? ならば、何の心配もいりませんわ」
 適切な対処をとってくれるはず、とラクスは微笑む。
「そうだな」
 絶対はないとお互い知っている。それでも、少しでも前を向いて進んでいこう。母が死んだあの日、二人でそう約束をしたのだ。
「それでも、お前の無事を祈らせてくれ」
「ありがとうございます、お父様」
 シーゲルのこういったところに母は惹かれたのだろう。自分のこんな父だから好きなのだ。
「無事に戻ってきますわ」
 ラクスはそう言うと父に抱きついた。


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最遊釈厄伝